年金生活に入った普通の市民感覚の吐露(時事)-そもそもこれでいいの⑬-辺野古基地建設における日本政府の不誠実・不遜対応 通算投稿27回目

          -そもそもこれでいいの⑬-
辺野古基地建設における日本政府の不誠実・不遜対応 通算投稿27回目

                          2019年10月14日、18日記す

 10月4日から臨時国会が始まりました。今回のテーマ辺野古は、今国会ではほとんど論戦が期待できませんが、去る10月6日(日)NHKBSで「証言ドキュメント 辺野古」という番組が放送され、1995~6年当時からの経過をわかりやすく説明されていたので7月のブログを補強する形で、改めて私が感じている政府の不誠実さを投稿します。

 

【7月のブログの要点】
普天間基地撤去、辺野古基地建設問題の疑問
この問題、情報・データがわかりやすく広報・周知されていないような気がする。
1. 普天間基地返還(撤去・縮小)に関する当初からの交渉経過は?
  返還との引き換えに何を約束したのか
   いつ、どこで、誰と誰が、公表内容は、非公表約束の存在は
  本当に辺野古移設とリンクなのか
   アメリカ政府、米軍の本音は
2. 民間住宅地のど真ん中にある米軍基地の撤去の早期実現が必要ではないか
  日本政府は先行撤去を要求していないのではないか
  なぜ要求しないのか
  なぜ代替施設を日本が用意しなければならないのか
3. 日本政府は辺野古完成・移設しないと普天間返還なしと本気で考えているのか
  日米地位協定の片務性、同じ敗戦国のドイツとの比較
  辺野古リンクの外交的正当性、法的正当性・根拠
  普天間は完全返還されるのか
4. 辺野古着工・工事をめぐる疑問
  沖縄県の認可取り消しを私人ではない沖縄防衛施設局行政不服審査法で対処できるのか
  工事全体像を公表しているか、工期、概算工事金額
  軟弱地盤対策への説明は十分か

 

NHK番組で判った事実】


1.橋本龍太郎政権時の1996年12月(H8.12)SACO(沖縄に関する特別行動委会)が普天間飛行場返還に関する最終報告書を出し、その付属文書(最終報告と不可分一体のもの)に、SCC(日米安全保障協議委員会:池田外務大臣、久間防衛庁長官、ペリー国防長官、モンデール駐日大使)合意として、1500m級の海上施設を新設のうえ県内移設を条件に5~7年以内に普天間飛行場は全面返還することが記された。


2.SACO報告では、東海岸沖に撤去可能なヘリポート建設としていたが、日米双方の暗黙の了解でキャンプシュワブ(辺野古)沖が念頭にあったとのこと。


3.この事態を受け、1997年(H9)に名護市ではヘリポート建設受入可否の住民投票を実施したが、反対派が勝利した。橋本総理は、住民投票の結果は判断材料とするとしていたにも関わらず、投開票日の3日後に比嘉鉄也知事が自らの辞任と引換に、ヘリポート基地建設受入を表明した。その後の知事選でも容認派の稲嶺知事が当選した。稲嶺知事の公約は、①軍民共用施設(空港)とすること②米軍使用期限は15年とすることであり、小渕総理も理解を示し、閣議決定文書に「軍民共用を念頭に整備」「期限について米軍と協議」の表現を入れている。


4.政府は、当初、住民が安全・騒音対策として3㎞沖合建設を要望していることをふまえ、2.2㎞沖合での建設計画を策定した。


5.2005年(H17)米軍と辺野古沖で合意したが、沖合2.2㎞案は沿岸案に変更され、かつ2006年にはV字案になり埋め立て面積が拡大する案となった。この過程で、軍民共用や期限15年間といった条件は消えていった。しかも、2.2㎞沖合案以降の変更(沿岸での建設、V字滑走路)は、何ら住民に説明もなかった。


6.米側の当時の責任者であったローレス国防副次官は、「移転先は日本政府が決めることで、その判断に従うだけ」との建前インタビューが放映されている。


7.2009年(H21)民主党鳩山政権が誕生し、「最低でも県外」との発言を契機に8か月間迷走し、結局辺野古に戻るというお粗末な出来事もあった。(地区住民、県民の期待が大きい分失望と反動も大きい出来事)この騒動の後、地区は移設を容認した。


8.2011年12月(H23)防衛省は県庁へ環境アセス評価書を提出したが、そこに初めてオスプレイ配備が記載されるとうい背信行為もなされている。(15年前から当事者間ではオスプレイ配備は伝わっていたが、外務、防衛、統合幕僚本部は公表しない方針を堅持した)


9.2012年12月(H24)安倍総理は仲井間知事へ300億円の支援を約束し、仲井間知事は埋め立てを承認し、2014年(H26)から工事が開始されている。

 

【これまでの経過で、現時点(2019年10月)で押さえておくべき事柄】


1. やむなく受入を容認した稲嶺知事も、軍民共用、15年期限付きが条件としたことを、日本政府は全く無視して工事を進めていること。


2. 当初の2.2㎞沖合建設が全く無視されていること。


3. オスプレイ配備も、沖縄国際大学敷地内墜落事故後を考慮し、日本政府として15年間地元に隠蔽して、環境アセス評価書提出で初めて明らかにしたこと。


4. アメリカ政府(国防省)は、日本政府が引越先を決めたら従うと言っているので、日本政府が辺野古沖合とすることは可能なこと。

 

 今回のNHKの番組で、改めて日本政府の不誠実、不遜な対応が検証でき、それに翻弄される沖縄県民、とりわけ辺野古住民の心情を思うとやりきれない。
 1996年12月の普天間基地返還合意から既に23年経過しており、この間の国際情勢も大きく変化している。まず、普天間返還を実現して、代替案の現実的解決策をアメリカと協議する責任が日本政府にはある。