隠れ脳梗塞→左内頸動脈狭窄症治療顛末記 通算162回目

隠れ脳梗塞→左内頸動脈狭窄症治療顛末記 通算162回目

2026年8月26日記

 

横浜医療センターでの心臓の検査が異常なしとなったので、予定通り8月22日(土)から、聖マリアンナ横浜西部病院に手術入院することとなった。

 

8月22日は10時30分に病院到着、手続きを済ませ10時40分には病室(前回と同じ南453号室)に入った。(ベッドは入り口を入って2つ目左の真ん中)

11時には、担当医S先生が顔を出し、看護師(Kさん)の説明があり、16時にシャワー、18時15分に夕食で入院当日は終えた。

 

8月23日は日曜日。

8時25分朝食、12時昼食、18時夕食と規則正しく食事をとった。午前中に院内散歩(1700歩)、午後シャワー、15時55分から生理食塩水の点滴開始(以降27日までずっと継続の点滴)

夜、豊臣兄弟とVIVANTをTverで見て就寝した。

 

8月24日手術の当日、何か変な緊張感を持ってこの日を迎えた。

手術は午後だが、午前11時頃からに右腕の動脈血圧測るカテーテル挿入、排尿の管を挿入、T字帯(いわゆる褌)と弾性ストッキング装着し、手術着に着替える行程があった。

病室のベットごと4Fの別室に移動して処置を受けたが、脳外科のN看護師が行った血管動脈測定カテーテル挿入はどうということはなかったが、ベテラン看護師が行った排尿の管挿入は痛さも経験ないものであったし、その後の3時間程度の違和感も半端なかった。尿は自然と排尿されるということだが、この経験は二度としたくない経験であった。妊婦が経験する痛さに近く、挿入の時に息を吐きながらと言われたが、とても吐きながら耐えられる痛さではなかった。30秒で挿入終わると言われて臨んだが、概ね挿入は30秒だったと思うものの、その後の違和感は半端なく、手術が終わる頃違和感は感じなくなっていた。(手術中はそちらに神経が集中していた)

T字帯も2名の看護師の見ているところでベッドの上に立って装着し、その後手術着に着替え、弾性ストッキングも装着し、12時前には準備万端整って呼び出しを待つ状況となった。

 

呼び出しは、思ったより早く13時には1階の血管治療室へ車椅子で向かった。

 13時10分から手術開始。右腕の点滴は下まま、準備として血圧、心拍数等各種測定装置をつなげ、局所麻酔を打った上で、左の親指付け根からのカテーテル挿入を開始した。初めは痛みがひどく、一旦やり直したように感じた。麻酔を多めに打って、挿入口を確保したのちステントを左頸動脈付近へ運ぶ動作をした模様。最初の薬剤投入では左腕が焼けるような熱さを感じたことは覚えている。結果ステントは2つ装置したとのこと。途中、痛み止めは打ってくれたためか、また麻酔も使用してくれたようなので、意識が薄弱となり気がついたら左手首を左右に動かしていることが二度三度あって、その都度注意されたことは覚えているが、また意識が薄れ「動かさないで」の注意の声でまた気がつくと言った状況であった。結局2時間超時間がかかる手術となった模様だが、ステント圧着は成功したとのこと。また、術後出血も多かったので、手術着は総取替、15時40分手術室を出るまでにスタッフに相当迷惑をかけた模様。

手術後は、ベッドのまま2FのHCU(救命センター)の5号室に運ばれ、一晩を過ごすこととなった。

16時前からHCUのベッド上での安静だったが、いかんせんスマホも何もなく、また、周りが老人のうるさい患者が多く、眠ることができない大変な夜となった。

担当医S先生が16時30分には顔を出してくれて、脳梗塞の有無の検査(簡単な質問に答えられるか、手足を指示通り動かせるか)をしてくれた。20時頃にも顔を出してくれ、同じ検査があった。夜担当のM看護師が親切で、いろいろ気を遣って使ってくれたが、結局2時間もうとうとできずに25日の朝を迎えた。

点滴は、整理食塩水に加え、アルガトロン(血液サラサラ機能)の2つとなった。

 

8月25日は、なんと朝6時10分にS先生が顔を出し、昨日と同じ検査をやり、本日南病棟453号へ戻ることを許可してくれた。

10時過ぎかなと予想していたが、10時10分からMRI、10時30分から超音波検査を受け、10時55分にHCUに戻ると、その足でベッドのまま南病棟453号室へ転棟をした。

 24日は手術後S先生は妻にも経過報告したようで、26日午後4時頃面会に来た。久しぶりに手術前後の話、病院内の状況など会話ができてできてよかった。

 

その後S先生の助手のI先生が来てくれて、今日のMRI、超音波検査は順調で問題なしと報告を受けた。一安心。

 

8月26日(水)は検査もない養生の1日。朝7時10分にS先生が顔を出してくれて、昨日のMRI、超音波の結果を改めて報告してくれた。MRIでは、細かいゴミが脳に行った結果はあるが問題ないレベル、超音波もステントの圧着は万全の結果とのこと。明日27日の血管シンチ検査で問題なければ29日(土)に退院できる見通しとの判断を示してくれた。

シャワーの顛末

点滴開始後初めてのシャワーを16時から浴びた。事前に看護師に点滴、心電図装置を外してもらい、ビニールのカバーを着け、普通に浴びることができた。シャワー後は、また看護師に点滴、心電図装置を装着してもらって、普通に終了できた。

 

2026年8月27日記

8月27日(木)朝7時30分前にS先生が顔を出してくれ、今の状態なら29日土曜に退院で大丈夫、その後として9月18日(金)超音波検査、25日(金)外来で予約入れておくとのこと。

 

脳血流シンチの検査、10時予約が早まって9時50分に歩いてb1まで出向いた。即検査で、1時間程度と言われて検査に入ったが、結局終了は10時30分、また歩いて4f病棟まで戻った。

 横浜医療センターの装置より近代的であったが、両手拘束のバンドがきつく、右腕が少し痺れがきたくらいで、我慢の範囲で終えることができた。

 

8月28日(金)何もなく、館内を散策、シャワーをして一日を終えた。

 

8月29日(土)は退院の日

10時に手続き開始し、10時07分には退院。10時45分、無事自宅に戻った。

隠れ脳梗塞治療顛末記4の付録

                                               隠れ脳梗塞治療顛末記4の付録

                                                                                                                  2026年8月11日記

 

    カテーテル検査入院を7月9日に退院し、12日には大杉会のゴルフを浜野ゴルフクラブまで遠征してプレーするほど、何の問題もなく退院後は通常の生活に戻った。

(アフラックに検査入院までの通院、入院経費に関する保険金請求も行った)

 

    7月17日、横浜医療センターで心臓RI検査を行った。

10時に薬剤負荷心筋シンチグラフィの実施、14時に負荷なしでのシンチグラフィ実施という予約で、9時45分には到着し、順調に10時過ぎに呼ばれてRI検査に入った。

 

    まず、薬剤注入し、10分程経って心臓周りをRI機器が回って画像を20分程撮るとのことだったが、薬剤が半分ほど漏れ出していたようで、検査技師の説明では50分程かけてゆっくり検査すれば大丈夫だろうということで検査は続行した。両手をバンザイの形にしたまま50分機器が心臓の周りをゆっくり回転する検査で、非常に身体的にきつい検査だった。

 

    14時までの検査の間は水分のみとのことで、それも辛かったが、14時からの負荷なし検査も50分かかるとのことで、これには参った(負荷ありと同じ条件が必要とのこと)。

    結局、15時過ぎにようやく会計まで終了し、自転車で帰路に着いたが、会計は17.7千円強かかる個人負担の大きい検査であった。

 

    7月27日に森先生の診察で、検査結果を報告してもらったが、「問題ないですね」の簡単なもので、拍子抜けした。その場で聖マリの佐瀬医師宛、みたにクリニックの三谷医師宛の書類を作成・手交してもらい、その点は助かった。

横浜医療センターの顛末は以上の通り。

 

    この結果を受け、8月7日に聖マリアンナの佐瀬医師の診察を午前9時に受け、以下の左内頸動脈狭窄のカテーテル治療のためのスケジュールが決まった。

8月14日 家族(裕理)同行で治療説明

8月22日(土)午前入院

8月24日(月)カテーテル施術

8月29日(土)退院

 

   以降は、「隠れ脳梗塞→左内頸動脈狭窄カテーテル治療顛末記」に改題して記録する。

隠れ脳梗塞治療顛末記4   通算160回目

          隠れ脳梗塞治療顛末記4

                               2026年7月18日記

 左頸動脈のくびれ(プラーク)除去のためのカテーテル治療前段の検査入院を2026年7月7日(火)から3日間の予定で行った。

 7月7日(火)は、聖マリアンナに入るだけで、13時30分に病院に着き、手続きをして13時45分には4階南の453号室6人部屋の窓側に落ち着いた。
 14時10分に担当看護師(北本さん)から種々説明を受け、16時からシャワーを使い、TVカード、ファミマで水を購入した。夜は退屈な時間であった。
 入院の病名は、佐内頸動脈狭窄症というものであった。

 7月8日(水)が、カテーテル検査の本番。朝6時起床、7時45分から左腕に点滴開始、点滴は以降15時頃まで続いた。10時10分から検査開始。1階の検査室まで歩いて向かい、頭を固定され右腕から造影剤を注入しカテーテル撮影をするという検査。血管の中に造影剤が注入されるとその部分がカッと熱く感じ、首、顔(口付近)、胸と造影剤が通っているのがわかる検査であった。

 10時50分に検査終了。このあと、右腕は肘をまっすぐに加圧固定され、左腕は点滴という状態で車椅子で病室に戻り、15時過ぎに点滴終了、16時35分に右腕固定終了でようやく両腕とも自由に使える状態となった。
 検査後の昼食、夕食はミラー食といって、片手で食べられるような献立であった。

 検査終了後に佐瀬医師に、かかりつけ医サイドの診察で、7月17日に横浜医療センターでの心臓のRI検査(造影剤)があることを告げたところ、その結果を見て8月の本入院、カテーテル治療を再度スケジュール化しようということとなった。

 7月9日(木)は予定通り、8時朝食後退院ということで、9時25分から手続きを開始し、9時45分には退院した。(10時30分には帰宅)
 コストは47,430円、他に入院セットで1,800円が別途請求がくる予定。

 

 これからの予定は、7月27日に横浜医療センターの循環器科森医師による心臓検査の診断、その結果を踏まえた8月7日の佐瀬医師の診断(本治療入院の時期等)となる。

隠れ脳梗塞治療顛末記 その3

                                                隠れ脳梗塞治療顛末記    その3

                                                                                                                 2026年6月20日記

  6月15日の週は聖マリアンナで検査、診察の週でした。

 

  6月15日(月)は15時から頚動脈の超音波検査

   14時45分に受付し、15時ちょうどから検査し25分で検査終了、15時35分には会計終了し、極めて順調に終わった。(1,000円)

 

  6月17日(水)は15時から心臓のエコー検査

  この日も14時35分に受付し、着替えのうえ15時に検査開始、15時40分に検査終了、15時45分には会計終了し、極めて順調であった。(1,580円)

 

  6月19日(金)は9時から診察という予定であったが、半日(午前中)仕事となった。

  8時35分に受付し、佐瀬医師の診察は8時45分から9時までと順調に予定より早く済んだ。

  検査結果は、当初診断どおりの左頸部動脈のプラークによる細い部分が顕著で、カテーテル治療をしましょうとのこと。

 

まずは、日程。7月7日から9日まで検査入院(8日にカテーテル適合検査)、8月10日から17日まで治療の本入院(12日にカテーテル治療)を決めた。本入院の前に、家族同伴で治療の説明(リスクの説明)が必須とのことで、7月24日(金)13時に日程を入れた。

 

  次に、検査入院のために改めて採血、心電図、レントゲンをすること、その後入院説明等あるとのことで、病院内をいろいろ移動した。

  採血  9時40分 待ち人数多い 待っている間入院の問診、同意書に記入記名

  心電図 10時   スムーズ

  レントゲン 10時20分 スムーズ 

 

  10時25分に脳外科受付に戻る(30分待ち)

  さらに院内薬局、入院受付、入院支援センターを回って会計との指示(11時~)

  院内薬局 現在常用している薬の確認

  入院受付 入院に際しての書類記入等の説明

  支援センター 先に記入した既往症等の面談確認

  11時30分に支援センター終了し、11時35分に会計終了(

 

  以上が、今週の経過ですが、結構おおごとになってきた感想です。

  心配は、検査入院、本入院のあとゴルフがこれまでどおりできるかということだが、その件は聞き忘れました。

  次回は、検査入院記(7月7日~9日)となります。

隠れ脳梗塞治療顛末記その2

         隠れ脳梗塞治療顛末記その2

                               2026年5月28日記

 

 5月28日は、核医学検査(脳血流シンチグラフィ)という MRIに似た検査のため聖マリアンナに行った。

 

 10時予約なので、9時半過ぎには着くよう行動したが、思ったより順調に行くことができ、9時20分には病院に着いた。

 再診受付も順調で、検査受付を済ませると即呼ばれ、検査自体は40分かかったが、会計済まで1時間で今回は終わった。

 

 検査は、微量の放射能を含む液体を点滴で右腕から注入し、MRIのような装置で頭の周りを装置が右回り、左回りをゆっくりと何周も動き、脳内の血流や状態を撮影、検査するものであった。

 結果は、6月19日の診察で明らかになると思うが、高額な検査で保険適用とはいえ自己負担10,300円であった。

 次回は、6月15日の週で、15日、17日が検査、19日が診察となる。

齢72歳の隠れ脳梗塞治療顛末記その1

隠れ脳梗塞治療顛末記(その1)
                               2026年5月23日記

1.    始まりは健康診断と一緒に受けた久しぶりの脳ドック

(1)2025年1月 横浜市の無料の健康診断を「ゆめが丘総合病院」の健診センターで受   診しようと申し込んだ際、10年以上受けていないこと、料金が安い(33,000円)ことから脳ドックも併せて申し込み、1月29日に実施した。

(2)2月20日前後に検診センターから電話があり、脳ドック結果について担当医から話があるとのことで、25日(火)に診察の予約を取り、話を聞いた。

(3)担当医は佐瀬泰玄先生といい、聖マリアンナ医大付属西部病院が本拠地の脳神経外科医で、画像を示しながら曰く、梗塞の影が見られるが自覚症状はないのかとのこと。全く自覚症状がない旨答えると、隠れ脳梗塞だろうが放っておくのは危険であり、血液がサラサラとなる薬(タケルダ)を服用しつつ、経過を見る(3か月に1回診察、6か月毎にMRI検査)ことが良いとのことで、その診断に沿って通院することとなった。

(4)以降、2025年5月にMRIと診察、8月診察、11月にMRIと診察、2026年2月に診察を受けてきたが、何事もないという診断であった。

2.    思いもしないカテーテル治療への道(その1)

(5)2026年5月12日にMRIを実施、その後の診察の場で、今回は頸部までMRIをしていたが、左頸部の血管が極めて細くなっている画像が出てきて、佐瀬先生曰く、手術して血管を圧迫している凝固物を切除するか、カテーテル治療を行うかの2択だが、カテーテルの方で良いのではないかとの診断で、カテーテル治療をするのであれば、必要な検査が「ゆめが丘」ではできないため、「聖マリアンナ西部病院」に転院する必要があるとのこと。

(6)当然、転院を選択し5月22日(佐瀬先生の外来が金曜午前のみのため)に早速、聖マリアンナ西部病院に出向いた。

(7)初診でもあり朝8時30分受付開始と同時の受付をするため、出かけた。紹介状ありの初診外来のため、予約なしでは時間がかかることを覚悟していたが、結果10時には佐瀬先生の診察は終わり、ここまでは想定より順調だと感じていた。

(8)佐瀬先生の段取りは、本日(22日)このあと採血と造影剤使用の頭頚部CT検査、また、核医学脳血流IMP検査(5月28日)、頚部血管超音波検査(6月15日)、心エコー図検査(6月17日)、そして6月19日に診察して、その後の治療方針を決めるというものであった。大体のスケジュールは、7月に手術に向けた検査入院、8月に本番のカテーテル手術入院とのこと。

(9)5月22日は、10時00分に診察は終わったものの、それから採血終了が11時、さらに採血結果で造影剤使用のCT検査可否を判断するため、待機時間が90分でCT検査も30分かかり、すべて終了したのが13時35分であった。疲れた。
 
 以降は(その2)へつづく

社会観察雑記帳 -市民感覚の何かおかしい105- 2026年2月総選挙 高市圧勝に思う

                              2026年2月総選挙 高市圧勝に思う

                                                                                                                    2026年3月3日記

     2月8日衆議院総選挙で自維政権が議席の3/4確保の圧勝結果と悪い方向での想定外の結果となり、この1か月間何も投稿する気になれなかった。

 

    高市早苗という人物は、人望がなく仲間が少ないことに加え、公の場で嘘を堂々という(総務相時代のレク発言録官僚捏造発言、選挙演説での南鳥島沖レアアース国産早期実現など=言い切ることが国民の琴線に触れたのか?)、場をわきまえない失言をする(予算委での台湾有事発言など)、過去の信条との一貫性を疑う発言、行動をする(消費税減税は悲願発言、過去ブログ一斉削除など)人物と私には見え、このような人物が向こう4年間総理大臣という絶対権力を持って政治面から日本社会・国民をリードするのかと思うと、極めて暗澹たる気持ちである。

 

    自維与党と中道中心の非与党との相対比較で考えると、普通の教育を受けた普通の有権者は、日本をこんな格差社会、貧困層増大社会にした自民党、裏鉄問題筆頭に政治と金問題に何らケジメをつけていない自民党、国保逃れが露呈した維新の与党より、まだ中道、国民などの非与党に票を入れるのが常道と思うのが、当たり前と考えていたが、日本の有権者がここまで劣化していたことに驚きを禁じ得ない。

 

比例の獲得表で見ると、自民は前回より6.5百万票増やした21百万票(得票割合は36.2%)、維新は同16万票減らし4.9百万票(同8.5%)、中道は立憲・公明合計の前回より7百万票減らし10百万票(同18.0%)、他は国民が得票率9.6%、参政が同7.3%、みらいが同6.5%、共産が同4.3%、れいわが同2.9%となっており、自維合計と中道・共産・れいわ合計がほぼダブルスコアとなった。

 

    何故この様な投票行動に有権者が出たのか、納得できる解説・分析を望むが、個人的な思いで言えば、2011年以降の安倍政権以降で進められた、労働市場構造改革(非正規拡大等)、教育改革(道徳教育強化等)、官僚統制強化(内閣人事局等)、メディア懐柔などの諸政策を動員して長期スパンで国民の価値観の変革を試みてきた成果が小選挙区制度で極端な形であらわれてしまったと言えるのではないか。

 

    周りでも、ここまで高市が議席を占有する事態に逆に驚いている、危機感を持つ人は多いし、高市政治が進行することで自分の孫子の世代への悪影響が心配との声も多い。

 

    投票結果から見ると、103百万人の有権者のうち45百万人は投票をしていないし、投票した58百万人のうち15〜20百万人は非自民(参政・保守・みらいは除く)に投票しているので、自維政権を批判的に見る層も1/3はいることを信じ、高市政権が暴走することのないよう、しっかり監視・チェックを言論の力でただす(糾す・正す・質す)勢力を増やしていくことが重要だと思う。